SY2邸

2008年

「遠くの方から、かすかに祭囃子が聴こえてくる。完全な静寂より、そんな時の方が静けさを感じる。」
「ゆったりとした時間が流れていく空間。」
「家の中に子供が畏怖の念を抱く様な近づきがたい場所がある。」

 精神科医であるクライアントが発したいくつかの言葉は、僕の心に深く刻み込まれました。この方が好きだというルイス・バラガンの階段、長い通路、閉じられた屋上庭園、ジェームズ・タレルの空に向かって穿たれた穴、幻覚を呼び起す光の装置。それらの中に身を置くと確かに、ゆったりとした時間が流れ、張りつめた様な静寂の中に、畏怖を感じてしまう様な非日常的な何かを感じてしまいます。

この住宅には3つの階段と2つのトンネル状の空間があります。階段とトンネルはいずれも、2つの領域をつなぎ、そして同時にそこに隔たりをつくりだします。この2つの空間的な装置で、外界からの距離感、そして日常からの距離感をつくりだす事によって、クライアントが望む非日常性を住宅の中につくりだせないかと考えました。

この住宅の長い玄関の通路は、深い洞窟の奥に広がる内部空間を想起させ、外界とその喧騒からの距離感をつくりだします。
また、建物を穿つ様にあいた南北に貫通する大きな穴は、北の公園と南の庭を空間的に連続させ、同時にそれらの間に隔たりをつくりだしています。 そして、それらにつながる3つの階段は空間的な連続性や隔たりをつくりだすだけでなく、その形の象徴性によって、非日常的な感覚を呼び起してくれることを期待しています。

この家の住人となったご夫婦が、先日また素敵な話をしてくれました。
「北の公園で遊ぶ子供達の声が建物にあいた穴を通って、南の塀に反射して聴こえてきます。水盤に反射した光が内部の壁にうつろい、壁の表情は夕方まで刻々と変化し、それについつい見入ってしまいます。」

遠くに子供達の声を聴き、壁のうつろいに見入っている。そんな瞬間、この家の日々の日常の中に、非日常的なゆったりとした時間が流れているのかもしれません。