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2017.11.30

今日はON邸の現場で天井に張る杉板の選別をしてきました。

広い部屋の中のわずか8㎡程度の天井ですが、大事な部分です。というか、全ての部分が大事なのですが...
監督さんに手伝ってもらいながら、色合い、節の程度などを見極めながら選んできました。

TO

う・美しさ (3)2017.11.17

「美しさ」「美」について客観的に語ろうとすると、その領域はあまりに膨大です。

「美」がその対象そのものの中にあるのか、それとも自分の心の中にあるのか、そんな哲学的な問から考え始めなければならないかもしれません。
他にも、宗教における美、道徳における美、歴史における美、人間の容姿における美等々、「美」は芸術以外の様々な分野からも語る事はできるでしょう。
しかし、ハクシキ(薄識)な自分にはとても叶わない事ですし、その根性もありません。そこで最後に昔ある人から聞いた「美」に関する話を一つだけご紹介したいと思います。

「美という漢字は羊と大から出来ている。つまり、昔の人にとって大きな羊(ご馳走)が美しかった。それが美だった。」そんな話でした。
それって、食料が乏しい時代は食べ物が一番美しい....「花より団子」という事になるのでは....ある意味「美しさ」を否定しているような....
それとも、「美しさ」「美」は食糧不足の時代のご馳走に匹敵するくらい大事なもの、そんな意味にもとれるし....

「大きな羊は胃袋に、美しさは心に美味しい栄養素。」
テーマが大きく重いので、軽く標語風にまとめて終わりにします。

TO

う・美しさ (2)2017.11.08

昔から僕はセンスの良い方ではなかったと思います。

この「建築」の仕事に関わらなければ、今でもそうだったと思います。否、今も本質的にセンスは良くないかもしれません。
ただ、「美しさ」を見る目は普通の人よりは持っているつもりです。それは「デザイン力」のない自分を思い知らされてから、建築を創る上で、「美しさ」を自分の中の大きなテーマと考えてきたからです。「美しい」ものを創るには「美しい」ものがわからなければなりません。建築、絵画、彫刻、陶芸、骨董、お茶、お花、演劇、映像、音楽、全ての中に「美しさ」があります。それらの中のレベルの高いものに接する事で真の「美しさ」を見る目が養われる、そう思い、その中の「美しさ」を探してきました。そうやってきたからこそ、普通の人より多少は「美しさ」に対する「目利き」であろうと思っているのです。

ただ、「美しさ」は非常に主観的なものです。多くの人が美しいと思っても、同じものを醜いと思う多くの人が存在するのも事実です。「美しさの目利き」そんな好みの世界を極めても無意味だと考える人も多い事でしょう。それでも僕は「その究極に人間の手は届かぬとも、近づく事は出来る。」そんな「究極の美」は存在する。そう自分で設定する事にしたのです。それはちょうどその道(美)を極めようとする多くの人が近づく中心の一点、そんなイメージです。極めれば極めるほど様々な人はバラバラでなくある一点に近づいてくる、しかし、決して触る事の出来ない一点。それが「究極の美」です。それを信じ込んでいるのではなく、それがあると設定して自分のモチベーションにしたのです。そして、それに少しでも近づければと思っているのです。もちろん、それは自分の心の中だけにある「真の美しさ」に他ならないのですが...

窓の配列も、部材寸法も素材もプロポーションも、それを決めるテクニック(技術)が必要です。
そして、そのテクニックの裏づけに「真の美」を知る感性と心があれば「究極の美」に近づいていける、そう自分で信じる事にしたのです。

TO

一級建築士事務所 内川建築設計室 岐阜・愛知・三重を中心に夫婦で建築設計事務所を営んでいます。