インターステラーと2001年宇宙の旅

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「上映も今週で終わり。」そう聞いて、遅ればせながら「インターステラー」を見てきました。「2001年宇宙の旅」も彷彿とさせる。そう友人から勧められたSF映画です。

3時間近い長い映画でしたが、映像やストーリは完成度が高く、その長さをまったく感じさせませんでした。まさにクリストファー・ノーラン監督の真骨頂といったところでしょう。そして、様々なところに「2001年」を彷彿とさせるところもありました。ただ、「2001年」とはまったく違う、そう感じました。

どこが違うと感じるのか?  見終わってから色々と思いをめぐらしました。  「2001年」と違い格調がない、芸術性を感じない,深い余韻が残らない等々......

何故そう感じるのか?   また考えました。   映像に「間」がない、展開に強弱、いや濃い薄いがない......

びっしりと詰まった内容には余白(間)がなく、それはまるで細密画、もしくは日本画に対する西洋画。そんな埋め尽くされた映像の中に「間」のようなものが感じられないのです。これは娯楽性の高い多くのハリウッド映画が持つ特性のようにも思います。

「2001年」も含めキューブリックの映画の中には瞬間的に凍りつくような映像が組み込まれ、思わずその中に引きずり込まれ、見終わった後に深い余韻のようなものが残ります。もちろん、「2001年」は原作者のアーサー・C・クラークも不満だった程、大変難解な作りになっているため、後に不思議な余韻が残るのも当然だと思います。ただ、それだけではありません。注意深く考えられた象徴的な1カット1カットの構図、そしてそれらを繋ぐ手法や背景の音楽、その中に人を惹きつける不思議な「間」のようなものが生まれてくる。そんな感じがするのです。キューブリックがカメラマン出身だったということもそれに関係しているのかもしれません。自己の表現を極めるためハリウッドを去り、自身の作品の他国でのポスターから吹き替えまでチェックしたという完璧主義者のキューブリックが、自身の美意識を極めるため、その映像の1カット1カットにどれだけ神経を遣ったか、それは容易に想像できます。クリストファー・ノーランの作品が質の高いエンターテイメントなら、キューブリックの作品は上質な映像芸術。そういうのは言い過ぎでしょうか。

まあ全て素人の勝手な思いですので、お聞き流しください。

ちなみに、数多くのSF映画で僕がおもしろかったものを思い出してみると、「2001年」以外では「エイリアン」「ブレードランナー」、他には、、、、、未知との遭遇、スターウオーズ、アビス、アバター、2010年、アポロ13、遊星からの物体X ,サンシャイン、宇宙戦争....インターステラーももちろん入ります。他にもまだまだありますが、ほとんどハリウッド映画でした。

お金の掛かった娯楽映画は、やはり、おもしろいです。

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