「空間」「建築」、この二つの言葉は建築家にとって一般の人達とはかなり違った響きを持っています。
「空間」は哲学において、時に全ての事物に先立つ絶対的なものであったり、時に事物間の関係性によって決まる相対的なものであったり、時に人間の認識の形式であったりします。また数学においては、関数空間、線形空間というようなある決まった法則に従う世界を表し、近年の物理学では時間と連続した物質界の基本形式と捉えられています。いずれにしても、「空間」という言葉が大変重要な言葉であることは確かなことです。ただ、建築界においてはそもそも「空間」を作ることが目的なのですから、その重要性は言わずもがななことでしょう。
「建築」における「空間」は構造・構造力学・環境工学といった工学的側面においては物理学的な客観性を持っている訳ですが、意匠・計画・建築史といった側面においては、そこに人間の知覚や感性、記憶といった非常に主観的な要素が含まれてきます。そのため、ある人間が「空間」を認識する時、その人間の美意識や性格、育った環境等様々なものが深く影響してくるのです。つまり、建築空間は純粋な客観的な物理的空間という側面ばかりでなく、個人個人の現象学的空間という側面も有しているのです。バシュラールが書いた「空間の詩学」という有名な本には、そんな建築空間の現象学的側面が書かれています。
「屋根裏の奥の小さな部屋」は数式化できる客観的な単純な空間ではなく、それを認識する人の幼き頃の体験や記憶によって決定づけられる、簡単に言ってしまうと、そんな事がこの本には書かれています。そんなあやふやな建築空間を更に文化や歴史等も含めて捉えようとする時、「空間」という言葉は膨大なイメージや意味の衣を纏ってしまい、捉えどころのないオバケのようなものに変貌してしまいます。建築史家や建築批評家の中の多くの人達がこの言葉と格闘し、建築家達も意識するかしないかは別として、この言葉に影響を受け、時に魂を揺さぶられながら、「建築」に携わっているのです。
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