篠原一男。彼の名は一般の方にはあまり馴染みがないかもしれません。ただ、僕にとっては若い時代に影響を受けた大変重要な建築家の一人です。
篠原一男は1925年生まれ、若き日に数学の道を志し後に建築家となった人物です。住宅建築の巨匠のひとり清家清に師事し、東工大で教鞭をとりつつ多くの名建築を残しました。当初は清家清の影響を色濃く感じる「シンプルな和」といったような作風でしたが、少しづつ彼独特の抽象的な空間へと変貌していきます。有名な篠原の「白の家」はそんな「シンプルな和」から「抽象空間」へと彼の建築が変わっていくあたりの象徴的な作品です。ただ、若い僕が一番魅力を感じたのは「上原曲り道の家」というRC住宅です。真っ白い無機質な空間の中に打ち放しのコンクリートの柱と梁が正にむき出しに現れている、そんな雑誌の写真に何とも言えぬ魅力を感じたのです。篠原は大作も作っていますが、作品のほとんどが住宅です。そのため、実際に内部を見ることがなかなか難しいのですが、この住宅は何とか頼み込み内部を見させて頂くことができました。その折に受けた衝撃は今でも忘れません。真っ白な空間にむき出しのコンクリートが貫通したその緊張感、そこにしばし呆然と佇んでしまいました。篠原の作品は晩年まで少しづつ変化していきますが、僕の好きなのはこの頃の作品です。
篠原一男が活躍した時代、日本建築の頂点にいたのは磯崎新だったと思います。その膨大な知識と刺激的な言説、その影響力を考えると、彼こそが当時の日本のコルビュジェだったと言えるでしょう。彼が日本の建築界の知性を牽引したのは明らかです。篠原一男も知性の戦いではとても太刀打ちはできませんでした。ただ、篠原一男は伊藤豊雄、坂本一成、長谷川逸子等の多くの一流建築家達に多大な影響を与えています。それは彼が語った「意味」「機械」「裸形」等についての刺激的な言説と、何より、彼が作った素晴らしい作品によるものですが、それらはいずれも知性にではなく、感性の部分に大きな影響を与えたと思うのです。
篠原一男は磯崎新のような思想家-建築家ではなく、まさに芸術家-建築家だったと思うのです。
TO