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漆喰の厚み (前編)2015.03.17

僕の家の壁と天井はほとんど漆喰塗りです。そのため、猫臭さをかなり軽減してくれているようです。最近ほとんど使われなくなった材料ですが、僕は昔からよくこの素材を使います。

漆喰は猫臭さを軽減するだけでなく、調湿性があるため結露しづらく、カビがあまり生えません。そして、塗装のように変色する事もありません。ただ、柔らかいため傷がつきやすく、表面的な汚れはサンドペーパーで簡単に落ちますが、染み込んだ汚れは落とすことが出来ません。それでも、僅かにスサの浮き出たその質感は大変美しいものです。

普通の漆喰は中に寒水という白い砂を入れ、金鏝で押さえます。ただ、その砂の種類や大きさを変えたり、鏝の種類や押さえ方を調整したりして、表面に砂が浮き出るようにする等、様々にテクスチャーを変えることも可能です。また、色粉を入れて色付けをする事もあります。ただ、ほとんどの場合は、僕の自邸のように一般的な仕様にしています。

僕のところに塗ってある漆喰の厚みは、下塗りも含めるとおよそ10ミリ前後といったところでしょうか。上塗りだけを1、2ミリ塗る工法もありますが、やはり厚みのある方が僕は好きです。プラスターボードにジョイント処理後、直に上塗りをすると、光の当たり方で下のボードの感じがわかり、厚みを感じられません。ただ、厚く塗れば塗るほどヒビが入りやすくなってきます。僕の家の壁はクラックまみれです。これはローコストに抑えるため、コンクリートに打ち込んだ木毛版に直に左官仕上げをしたためですが、僕は気になりません。クラックが入っていても、入り方が素材の厚みを感じさせてくれるからです。

もちろん、クライアントの住宅はもっとちゃんとした仕様ですので、こんなにクラックが入る事はありませんが.....

TO

 

 

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梅林公園2015.03.15

梅林公園に子供を連れて行ってきました。

着くと、いつも最初は公園にある「D51」に乗ります。この日は「梅祭り」。いつもと違い、「D51」には運転士さんもいて、煙突からは煙まで出ています。帽子を借りて記念撮影をし、その後芝生に座り、二胡と太鼓の演奏を聴きました。太鼓好きの息子は真剣に聴き入っています。息子がせがんだ焼そばを食べ、土産に水ヨーヨーと爆弾菓子を買いました。

公園は色とりどりの梅の花が咲き、風もなく暖か。一足早い春の匂いを満喫した、穏やかな日曜日でした。

TO

 

 

 

桜の季節2015.03.13

「ソメイヨシノは上野公園で人為的に作られた一本の原木から全国に広まったと推定される。」  

そんな記事が今日の新聞に出ていました。つい3、4日前は大雪だったのに、もう桜の季節。早いものです.....

昨日、「松福一宮店」をアップしました。去年出来たものですが、いつものように作品アップはぐずぐずと遅くなってしまい、すぐ桜の季節。早いものです.....

よろしかったら、一度ご覧ください。

TO

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妖しい黄金色 (4)2015.03.10

「金」は何故、妖しい虚構性を生み出すのでしょうか。

それはたぶん黄色く光るその輝きのせいでしょう。現実の3次元の物質の世界に使われた時、「金」は表面にその輝きによって通常の影を作りません。現実の襞を作らないのです。3次元に現れた2次元平面、しかしそれは異次元へといざなう平面でもあります。それが虚構性を生み出すのでしょう。それは銀色に輝くシルバーも同じです。それもまた虚構性を生み出します。しかし、シルバーには「金」のような色味がありません。色気がないのです。それが黄色く光る黄金色の「妖しさ」を創らないのです。「銀」が清浄なミニマムな輝きなら、「金」は妖しい重層的な輝きと言えるかもしれません。赤でもなく青でもなく黄色に輝くその光が、人肌のような妖しさを生み出すのかもしれません。

現実の「金」は重く、その希少価値により血塗られた歴史を作ってきました。人間の血と欲望を吸い込んで妖しく輝く。そう言うとちょっと大袈裟ですが、ロマノフ王朝の末路に思いを馳せる時、黄金色に輝く「おとぎの国」も、その輝きゆえに一層哀れに見えてきてしまうのです。

TO

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妖しい黄金色 (3)2015.03.07

「金色」は現実とかけ離れた虚構性の象徴かもしれません。リアルな描写の中に「金色」を使う事で、現実と虚構の間にギャップが生まれ、そこに「間」のようなものを感じるのかもしれません。

白色の中、過剰なまでに金色を施した「ロマノフ」の空間は「金色」ゆえの虚構性を帯び、「おとぎの国」を作り出したのでしょう。それは、金閣寺や金の茶室にも通じるところがあるかもしれません。

日本には現実の世界で朽ちていくものに対する「侘び さび」という美意識がありますが、それとは違う「雅」という美意識もあります。現実的な穢れを剥ぎ取った上品で優雅な貴族的な美意識です。普通は金以外にも檜の白木や緋毛氈などが好まれる素材ですが、それを金一色にするところに、金閣寺や金の茶室には「雅」に届かない無粋さと、ある狂気のようなものを感じてしまいます。

「ロマノフ」もそれと同じような美意識で、そこに「おとぎの国」という虚構性を作ってしまったのでしょう。リアルさを完全に排除してしまえば、虚構との間に「間」は生じないのです。「妖しい」魅力は感じられないのです。逆に「ベルサイユ」では、彫りの深い陰影が強固なリアリティを作り出し、虚構性が薄まり、そこに「間」が生じていないのかもしれません.....

TO

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妖しい黄金色 (2)2015.03.04

「ベルサイユは光と影という感じ。ロマノフはおとぎの国。」そう言った妻の言葉に、なるほどそのとおりと感じました。ただ、「現物を見ると、ロマノフは薄っぺらく感じるんじゃないか。」僕はそう言いました。しかしそれは、ほとんど同じ事を言っていたのですが...

僕は「金色」は決して嫌いではありません。昔わざわざ画集まで買ったクリムトや、琳派の画、黒漆の中の金蒔絵等々。金色には底光りする妖しい魅力を感じてしまいます。銀色にはない妖しさです。

金蒔絵や金屏風の美しさは日本家屋の暗がりにあってこそ引き立つと、「陰影礼賛」の中には書かれています。暗がりの蝋燭の光に妖しく底光りする「金色」こそが、その色の最高の瞬間だと言っているようです。現代にその暗闇はありません。ただ、暗闇の中でなくともクリムトや蒔絵の「金色」に、僕は「妖しさ」を感じてしまいます。そこに何か魅力を感じてしまうのです。

しかし、本物は見ていませんが、陽光の中に光り輝く「ロマノフ」も、光と影を感じる「ベルサイユ」にも、同じような「妖しさ」は感じられません。おそらく、「金」の使われ方に「間」のようなものが感じられないからでしょう。ベルサイユには、埋め尽くされた物質の中に、バロック独特の「影」を感じる事はできますが、「間」は感じられないのです。

「間」は建築、絵画に限らず、日本の芸術全般に渡り、それと西洋とを対比するのに大変重要な概念です。何でも「間」に結び付けてしまうのは安直な気もしますが、あながち間違いでない気もします。

クリムトの金色に輝く装飾のような絵画が、性的なエロティシズムを表現しようとしていたにせよ、そこから発する「妖しさ」はその事だけでは説明できません。日本の工芸や絵画に影響された「金」の使われ方にも、大きく関係していると思われるのです.....

TO

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妖しい黄金色 (1)2015.03.01

金はもちろん、金色を建築に使う事はほとんどありません。真鍮の金物や目地棒をデザインの重要な要素として取り入れた事は過去にありますが、今はほとんどなくなりました。

昨日、NHKのロマノフ王朝秘宝伝説という番組で、黄金色に輝く大空間が映し出されていました。金箔を全面に施されたその大広間は、金色と白色に輝く煌びやかな光の空間でした。「きれい。ベルサイユ宮殿よりずっときれいじゃない?」妻が僕に聞きました。「こんな建築を男性はどう思うのか、美しいと思うのか?」アルコールが入っていたせいもあるでしょうが、少し雑な質問に、すぐには答えられませんでした。「このロマノフの宮殿に対する一般的な男と女の美意識の違い」なのか。「ベルサイユとロマノフの違い」なのか。はたまた「一般的な装飾過多な建築について」なのか。「黄金色に輝くこのロマノフの宮殿について」なのか。様々な側面から論じる事があり、すぐには口を開けなかったのです。

一般的に装飾過多な建築は男より女性の方が好きな人が多いでしょうし、黄金色に輝く建築(装飾品)もそうでしょう。僕もヨーロッパへ建築を見にいった時は、パリへは行ってもベルサイユへは足も運んでいません。他に見たい物がたくさんあったのです。ただ、他の多くのバロック建築にも感動しましたし、ゴシックやアールヌーボー、ガウディの建築にも大きく心を動かされました。装飾豊かな建築も好きなものは好きなのです。ただ、一言に装飾といっても、その種類や範囲は膨大です。語り出せば際限がありません。

「金」についてだけ、思いを綴ってみます.....

TO

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本物 (後編)2015.02.27

「ソリッド」なものが僕は好きなようです。表面だけでなく中身まで詰まっている、その感覚が好きなのでしょう。そして、その表面にまとわりつくいくつかの意味の衣を脱ぎ捨て、その物そのものが現れてくる感じが好きなのです。

「裸形の素材」 こんな言い方をするかはわかりませんが、そんな言い方がしっくりきます。昔「もの派」の作家が好きだったのもそのためでしょう。朽ちた鉄、版築の断面、コンクリートの切断面、長い年月を経て素材そのものに戻りかけている古道具等々。これらに魅力を感じてしまうのも、そのためでしょう。「裸形の素材」の持つその純粋性に惹かれるのです。もちろん、古道具等はそのプリミティブなデザインが大きな魅力の要因でもありますが....

「本物」であれ「偽物」であれ、素材は「建築」を構成する重要な要素のひとつです。建築家はその強度、防水性、耐熱性、耐久性等々、様々な性能を考慮して材料を決定していきます。ただ、そこに「好み」が存在するのも事実です。僕が「本物の素材」が好きなのは、経年変化が美しいという事もひとつの要因かもしれません。ずっと美しさを保つ素材はもちろんですが、長い年月とともに美しく朽ちていく、そんな姿にも魅力を感じてしまうのです。

TO

 

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本物 (前編)2015.02.24

本物の素材。僕はたまにそんな事を言います。

何が「本物」の素材なのか。別に公に決まってもいませんし、僕自身もきちっと定義している訳でもありません。ただたまにそう言ってしまいます。

無垢の木や金属、石、漆喰、ガラス、コンクリート等々。それらが僕にとっては「本物」の素材です。「本物」があるなら「偽物」もあるはずですが、そんなふうには言っていません。でも、それらを模したプリント合板やリノリウム、クロス、樹脂系の素材等は僕にとっては「偽物」です。金属の厚い無垢板はもちろん本物ですが、木目調のトタンは「偽物」、薄いガルバリウム鋼板はその中間といったところでしょうか。

自分自身が何をもって「本物」と言っているのか。オリジナルが「本物」で、それを模したものが「偽物」。もちろんそれが大きな要因でしょう。でも決してそれだけではない気がします。レンガ積みを模したレンガタイル張り、じゅらくの土壁を模した今のじゅらく塗り、石を模したテラゾーブロックや漆喰の磨き仕上げも「本物」という気がします。コーリアン等の人造大理石も大理石風のメラミンに比べれば「本物」に近い気がします。表面の仕上げが厚い素材が、僕に「本物」という感覚を与えるようです.....

写真は5ミリの鉄板の切れ端です。すこし黒皮になりかけた表面に、ウレタン塗装がしてあります。

TO

4歳
息子の誕生日2015.02.20

昨日は息子の4歳の誕生日でした。

午後、いつもより早めに帰ってきた息子とおじいちゃん、おばあちゃん、皆で「お誕生日」を祝いました。去年の誕生日は誰よりも早くケーキを平らげた息子が、今年はケーキそっちのけで、プレゼントに夢中になって遊んでいます。「成長したのか?それとも、去年と違ったケーキがおいしくなかったのか?」そんな事を思いつつ、車でひとり関へ向かいました。夕方から仕事の打合せが入っていたのです。以前住宅を設計したクライアントが運営する老人施設の改装の仕事で、スタッフも交えたミーティングです。

経営者、職員、双方からの様々な意見をお聞きし、議論を深めていきましたが、その日は時間切れとなってしまいました。次回の打合せ日を決めて、ミーティングは終了です。車椅子や歩行器の中を利用者の老人の方々を思い浮かべながら、玄関ホールへと向かいました。そして、玄関から外へ出た時です。「こんばんは。」と大きな声が聞こえました。どきっとして、僕も思わず、「こんばんは。」と大きな声で返しました。見ると、小学校中学年ぐらいの男の子がこちらへ歩いてきます。「ごくろうさま。」とすれ違いざまに言って、玄関の中へ入っていきました。「職員の方の息子さんかな?」などと思いつつ、ここの施設のスタッフがいつも大きな声でこちらに挨拶するのを思い出しました。

「うちの息子もあんな風に素直に育ってくれるかな。」そんな事を思いながら、帰路につきました。

幅広い年齢層の人の事を思う、そんな一日でした。

TO

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土地探し  8     崖 (後編)2015.02.15

敷地全体が崖、こんな土地でも住宅は建築可能です。ただ、この場合は膨大なコストが掛かる事もあります。以前、斜度40度程の崖地での住宅建築の試算をした事がありますが、1000万円近いコストアップになりました。もちろん崖の高さや勾配、隣地や周辺道路との関係等によって、その金額は大きく変わってきますが、このような土地は特に注意が必要です。購入前には必ず専門家のアドバイスを受けた方がよいでしょう。

崖のような特殊な土地は崖崩れ等のリスクやコストアップ等のデメリットがあります。ただ、そこにそれらを超えるものを見出すことができれば、買う価値も生まれてくるでしょう。

写真はFO邸です。

TO

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土地探し  7     崖 (前編)2015.02.11

高台の見晴らしの良い土地は大変魅力的です。

ただ、崖に近い土地は崖条例により、建設可能な土地の範囲が規制される事があります。一般に崖条例と呼ばれているのは、各自治体が独自に定める建築条例の中にある、崖付近の建築物への規制です。自治体によってその内容は微妙に違いますが、崖上の建物では、崖からのセットバックの値等が定められています。2M以内の低い崖や、法律上問題のない擁壁や岩盤等の緩和項目等も決められています。

愛知県で建てたYU邸では、崖下から崖の高さの2倍のセットバックが必要でしたので、ほぼ5Mの崖に対し10,5Mのセットバックをしました。岐阜のFO邸では、崖の中心線から崖高さのほぼ10Mをセットバックしています。ただ、いずれの場合も建物を建設した部分は平らな土地でしたので、建設コストがさほど高くなる事はありませんでした。そして、建築出来ない崖に近い部分は庭やウッドデッキ等で有効利用しましたので、土地も無駄にはなっていません。このように崖からセットバックしても、建築可能な平らな部分がある敷地であれば、他に問題がなければ、大変魅力的な敷地といえるでしょう。もちろん、住宅のプランニングによって、その土地の特性が十分生かせるかどうかは大きく変わると思いますが.....

写真はYU邸です。

TO

 

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土地探し  6     お隣 (後編)2015.02.07

そして、既に隣家が建っていれば、その形や窓等の位置を考慮して、計画をする事ができます。僕は常に周囲の隣家やその窓の位置を実測し、それから計画を始めます。KM邸では設計依頼の時、東西に細長い敷地のすぐ南は更地でした。幸い、そこに住宅の建設が決まったので、その建物の計画が決まるのを待ち、それを教えてもらってからこちらの設計を行いました。でももし、それが決まっていなければ、将来建つであろう建物を推測して設計する事になったのです。

未だ建っていない隣家は大きな不確定要素であり、リスクでもあります。ただ、既に建っていれば、より良い対処方法を見つける事も出来、それをプラスの要素に変える事も可能なのです。

写真はKM邸の東側正面です。すぐ南側にお隣が建っています。

TO

⑤地中美術館
土地探し  5     お隣 (前編)2015.02.05

お隣が建っていないので、明るく広々として見渡しが良い。

でも、そんな土地は家が建つと、すぐその良さは消えてしまいます。

市街地に土地を探すのであれば、隣が更地というのは避けた方がよいかもしれません。もちろん、何らかの理由で将来的に何も建たないというのなら話は別ですが、そうでなければ、むしろ家が建っている方がお勧めです。

何といっても防犯に有利ですし、境界に隣の塀がある場合は、こちらで作る必要がないかもしれません。外構工事もやり方によって、結構費用が掛かりますので、その分ローコストに抑える事も可能です。

そして、隣家があれば、隣人がわかります。何かちょっと一声掛ければ、ある程度その人柄もわかるでしょう。更地ではどんな人が隣人になるか、まったくわからないのです。隣人とはずっと付き合っていく事になるのですから、結構重要な問題です。

また、隣家によって外から見えなければ、その部分の外観を気にする必要もありません。外壁の素材をローコストなものにする事もできますし、外から見える窓の大きさや位置を気にする必要もありません。瀬戸内の直島に安藤忠雄の地中美術館という有名な建物がありますが、その内部空間は秀逸です。数ある安藤作品の中でも僕が特に好きな作品です。これは地下建築のため外観を考えず、光の入れ方や空間構成等、全て内部のみを考えて、理想的な空間を創る事が出来たからではないかと思っています。隣家に隠れる窓の話に大建築家の美術館を引き合いに出すのは、大変恐れ多い事ですが...

TO

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節分2015.02.03

  本日は節分ですね。子どもが幼稚園で作った鬼のお面と折り紙で折った豆の袋を嬉々として持って帰ってきました。

赤ちゃんの時は、父が手作りした鬼のお面を怖がってギャン泣きしていた我が子。今年はなんと自ら鬼役を買って出てくれました。寒くて暗ーい部屋の外から小鬼が『がおー!がおー!』と迫ってきます。部屋の中から『鬼は外ー!』と豆を投げつける父母・・・なんだかアベコベな気がしますが、本人が喜んでいるなら、まぁいいですよね。

 先日も年少児達がダルマさん転んだで遊んだ時、ほとんどの子ども達が鬼をやりたがるという事がありました。成長過程の一つなのでしょうか。親の思いと違うと面食らう事もありますが、良い意味で裏切ってもらいたいです。

YO

夕陽
土地探し  4     借景 (後編)2015.02.01

望むべき借景がなければ中庭を造り、空を借景として切り取る事も可能です。どんな土地でもすばらしい家を創る事は出来るでしょう。ただ、川、山林、公園、遠い街並みの眺望等々、将来的に変わらないすばらしい借景が望める土地は、その方向が南であれ北であれ、最初から得難い宝を備えていると言っていいでしょう。その方向に建物を開く事により、そこからの光や風、眺望を得る事ができるのです。そして、借景には草むしりの手間も固定資産税も要りません。維持費は掛からないのです。もちろん、そこに手を加える権利もありませんが…

すばらしい借景を持った土地はなかなかありません。得難い宝はなかなか得難いのです。ただ、これから土地を探すのであれば、「借景」の事も頭の片隅に入れておいたらいかがでしょうか。

写真は僕の自邸の3階から見た夕焼けです。遠くに見える山は伊吹山です。屋上へ登ると長良川も見えます。

TO

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土地探し  3     借景 (前編)2015.01.30

僕が考える理想的な土地は、すばらしい借景が望める土地です。

本来、外の景色を庭園内の重要な要素として取り込む時に、その景色を借景と言いますが、僕は庭に限らず建築空間をより豊かにする敷地外の景色は、全て借景と呼びたいと思います。遠くに見える景色はもちろんですが、隣家の隙間から見える樹木、境界に立つお隣の土塀、そんなものも僕にとっては借景になり得ます。それらの景色をうまく空間に取り込める、つまり、借りてこられれば、僕にとっては借景なのです。もちろん、それをどう空間に取り込むか、これによってその生かされ方は大きく違ってきます。まさに建築家の腕の見せ所でしょう。

写真は借景で有名な京都の円通寺の庭園です。生垣の彼方に比叡山が見えます。

TO

 

 

 

 

石(縦)
森のようちえん 1月2015.01.25

 息子と森のようちえんに行ってきました。

前回来たのは11月の秋。その時には赤や青色の実や色とりどりの葉っぱもあって、森の賑わいを感じましたが、冬の森はひっそりとしています。

 ふと我が子を見ると、自分の頭程ある大きさの石を転がして一生懸命に運んでいます。どうやらテーブル大の石の上にさらに石を積みたいみたいなのですが、重くて持ち上げる事ができません。見兼ねた一人のお友達が手伝ってくれましたが、それでも持ち上がりません。どうやって問題解決していくのかなと遠巻きに観察していると、『手伝ってー!』と大きな声で助けを呼んでいます。声を聞きつけたお友達が加わって、年少男児3名で持ち上げる事に。一生懸命にヨイショ、ヨイショと持ち上げますが、やはり持ち上がりません。

3人でも持ち上がらないとわかると、途中で放り出して別の遊びをしてみたり、でも気になるのかもう一度チャレンジしようという気運が3人の中で高まり、再び持ち上げる事に。

『地球平和のためにコードをつなげるんだ!』『石を置くと繋がるんだ!』と使命感に燃えています、大人的、女子的には???です。

最後はちょっとだけ手を貸しましたが、ようやく石の上に石がのると歓喜の声があがりました。『これで繋がったー!』 テーブル大の石の上に頭大の3つの石が置かれました。(何かの儀式みたい・・・)

途中、別のお友達に石を落とされそうになるというハプニングに見舞われましたが、やり遂げた子ども達の顔は自信に溢れていました。子ども達の小さな社会を垣間見て、成長を感じつつも可笑しくて笑ってしまいました。

YO

 

 

 

一級建築士事務所 内川建築設計室 岐阜・愛知・三重を中心に夫婦で建築設計事務所を営んでいます。