IMG_1099
極小美術館2018.01.28

雪の中、池田山の麓にある「極小美術館」に「中風明世展」「臼井千里展」を見にいってきました。

中風さんの作品は平面とも立体ともとれるような色鮮やかなミニマムアートのような作品。
臼井さんの作品は「書」のようなモノクロの抽象絵画のような作品。
ただ、いずれもミニマムや抽象という言葉だけでは言い表わしきれない、深みと緊張感を持っていました。

僕もがんばらねば...

TO

IMG_0834
え・縁側(2)2018.01.20

縁側のルーツは平安時代の「廂の間」である、そんな事を何かで読んだことがあります。

寝殿造りの「母屋」という中央空間の周囲を囲むスペース、それが「廂の間」です。
この当時は母屋も含め床は全て板張りだったのですが、これが長い建築様式の変遷の中で「縁側」という空間にたどり着いた、そんな内容だったと思います。

その真偽はともかく、「縁」が中央部分に対して周辺領域である事は確かでしょう。縁(えん)という文字が(ふち)や(へり)とも読める事は、そんなところからきているのかもしれません。
この縁(ふち)でもある縁(えん)は外部との接点ー縁(えん)を結ぶ場ーでもあり、内部中央と外部との中間領域ー緩衝地帯ーでもあるのです。家族のプライベートな領域を半分閉じつつ、ここを外部に開き、ここでスイカを食べながらお客と将棋を指し、庭先で花火をする。それが「縁側」のひとつの役割なのです。

色々な意味で外部との縁(えん)が乏しくなってきた昨今、縁(えん)があまり作られなくなってきたのは当然といえば当然の事なのかもしれません。

TO

IMG_0837
え・縁側2018.01.12

部屋の外側にある廊下のような板張りの空間、それが「縁側」です。

「縁側」という言葉を聞く事は、僕の日常ではあまりなくなってきました。そして、「縁側」そのものを見ることも少なくなってきました。
自分で設計する住宅にこのスペースを作る事もありません。それは和室を作る事が少なくなってきたという事もありますが、何より、その価値をあまり感じていないからなのでしょう。
このスペースを作るくらいなら、その分部屋を広くする、もしくは工事費を削減する、そういう方向にいってしまうのです。厳密に言えば、「縁側」には雨が吹き込む濡れ縁(外縁)と雨戸やサッシなどで内部化できるくれ縁(内縁)とがあるのですが、ここで縁側、縁側と言っているのは実は「くれ縁」のことです。「縁側」と聞くと、僕はどうしてもこの「くれ縁」(内縁)をイメージしてしまうのです。

「縁側」と聞いて頭に浮かぶのは「日向ぼっこ」「小春日和」「猫」「将棋」「スイカ」「花火」等々...家族やご近所との間のほんわかとした暖かなイメージです。
古い民家や料亭、寺院、旅館など、その縁側に腰を下ろした時、何故かそんなイメージが頭に浮かんでくるのです。実は自分自身の中に縁側でのそんな実体験がある訳ではないー少なくとも記憶にはないーのですが、何故か心に浮かんでくるのです。それは心地よいその空間と、様々なメディアから後付けでインプットされた「縁側」のイメージが頭の中で混じりあい、そんな懐かしいような暖かな気持ちを起こさせるからなのでしょう。それはちょうど「サザエさん」の中に昭和の暖かな原風景を感じてしまうようなものなのかもしれません...

TO

IMG_1072
年末年始2018.01.09

今年(+去年)の年末年始は、ほんとうにのんびりさせてもらいました。
フワフワしすぎて、ブログもお休みしていました。
また、少しずつ書き始めます。

TO

IMG_0996
左官仕上げ2017.12.22

左官仕上げのコテの押さえ方を指示するため、ON邸の現場へ行ってきました。

壁全面白いフラットな漆喰の部屋の1面を少しざっくりとした風合いにしたいと思い、プラスターに色粉を混ぜた仕上げに変更しました。そのコテの押さえ方を指示するため、現場に行ってきたのです。
メーカーが出している規格品の仕上げ材と違い職人さんに作ってもらうオリジナルな仕上げのため、何度も小さな板で塗り見本を作ってもらい、色合いやざっくりとしたテクスチャーは決めていたのですが、やはり、コテ押さえは現場で塗る時に指示した方が確実です。微妙な風合いの左官仕上げは出来るだけ立ち会う事にしています。
「この辺の感じがいいですね。」「もうそれ以上押さえないでください。」ほっておくと、きれいに平滑にしてしまうのは左官職人さんの「性」、適当に手を抜く仕上げをお願いしました。

「このためだけに来たのだから、なんとかいい感じになってほしい。」
その願いが叶い、なかなかいい風合いに仕上げてもらいました。

TO

IMG_0984
科学の祭典2017.12.16

「青少年のための科学の祭典2017」に参加するため、今日は息子を連れて、久しぶりに岐阜市科学館へ行ってきました。
3週間前に行ったサイエンスフェスティバルより小規模でしたが、息子はいつもどおり、工作を満喫したようです。
原発の廃棄物処理関係のブースもあり、僕も少しだけ勉強になりました。

TO

IMG_0975
ご褒美2017.12.14

天井の木梁の塗料を決めに、急遽ON邸の現場へ行ってきました。
月曜日に行ったばかりなのに...まあ、竣工近くになるとよくある事ですが...

現場へ行ってみると、壁と天井に塗る白い漆喰の下塗りが終わったところでした。
漆喰は今まで結構使ってきましたが、今回使ってある下塗り材は初めてです。
「なかなかいい風合いですね。」そう言って、監督さんに塗った下塗り材の種類を教えてもらいました。
「いつか仕上げに使えるかも。」そう思いながら現場を後にしました。

ちょこちょこ現場へ行っていると、たまにこんなご褒美がもらえます。

TO

IMG_0964
オスモ2017.12.11

今日もSS邸で壁の配筋検査をした後、ON邸の現場へ行ってきました。

家具に張る杉板の順番を決め、それに塗る植物性の塗料(オスモ)の色を決めてきました。
事務所でも杉板で試し塗りも試みましたが、やはり実際に張る杉板で試した方が確実です。
監督さんや職人さんに少しお手間を取らせてしまいましたが、何とか決める事ができました。
いつもは木に色付けすることはあまりないのですが、今回は例外です。

いい雰囲気になってくれれば良いのですが...

TO

IMG_0961
SS邸配筋検査2017.12.11
IMG_0952
白色2017.12.07

今日もON邸の現場へ行ってきました。

写真は1階の壁に塗る白色塗装の色見本です。
「白色、白色」と単純に言っても、建築現場で完璧な純白を使う事はあまりありません。
実際は赤味、黄味、黒味などの色がごく僅かに含まれています。
これらの割合の違いで「白色」も無限に調合可能なのです。
いつもは室内に塗る白色は「日塗工の~番と~番を1対2」「~メーカーの~番」等と決めているのですが、今回はシステムキッチンの扉の白色が決まっていた事、天井に調湿のために白色の漆喰を塗った事などで、それらの白色に馴染む白色を作る必要があったのです。

何度も何度も色見本を作って頂き、満足できる「白色」がやっと決まりました。

TO

sz11
SZ邸2017.12.07

SZ邸 アップしました。

完成引渡しが4月25日、写真撮影が半年後の11月3日、ホームページアップがその1月後の12月6日。
いつも遅くなってしまいますが、よろしかったらご覧ください。

TO

IMG_0929
型枠2017.12.03

今日は快晴。

息子を一宮の将棋教室に連れて行った後、ちょっと考えたい事があり、SS邸の現場へ行ってきました。
道路に面した外壁コンクリートの型枠が立ち上がり、なんとなく雰囲気も立ち上がってきたような感じです...

TO

IMG_0918
2017.11.30

今日はON邸の現場で天井に張る杉板の選別をしてきました。

広い部屋の中のわずか8㎡程度の天井ですが、大事な部分です。というか、全ての部分が大事なのですが...
監督さんに手伝ってもらいながら、色合い、節の程度などを見極めながら選んできました。

TO

IMG_0847
冬の夕日2017.11.20

今日は SS邸 の配筋検査の後、津島の ON邸 に行ってきました。
12月下旬の気温と聞いていたので、今シーズン初めてのセーターを着ていきました。
津島からの帰りは、いつも長良川の堤防を走ってきます。
オレンジ色に染まった夕暮れの川面は、既に冬の装いでした。

TO

IMG_0843
2017.11.20

ON邸改装現場

IMG_0841
2017.11.20

SS邸現場

う・美しさ (3)2017.11.17

「美しさ」「美」について客観的に語ろうとすると、その領域はあまりに膨大です。

「美」がその対象そのものの中にあるのか、それとも自分の心の中にあるのか、そんな哲学的な問から考え始めなければならないかもしれません。
他にも、宗教における美、道徳における美、歴史における美、人間の容姿における美等々、「美」は芸術以外の様々な分野からも語る事はできるでしょう。
しかし、ハクシキ(薄識)な自分にはとても叶わない事ですし、その根性もありません。そこで最後に昔ある人から聞いた「美」に関する話を一つだけご紹介したいと思います。

「美という漢字は羊と大から出来ている。つまり、昔の人にとって大きな羊(ご馳走)が美しかった。それが美だった。」そんな話でした。
それって、食料が乏しい時代は食べ物が一番美しい....「花より団子」という事になるのでは....ある意味「美しさ」を否定しているような....
それとも、「美しさ」「美」は食糧不足の時代のご馳走に匹敵するくらい大事なもの、そんな意味にもとれるし....

「大きな羊は胃袋に、美しさは心に美味しい栄養素。」
テーマが大きく重いので、軽く標語風にまとめて終わりにします。

TO

う・美しさ (2)2017.11.08

昔から僕はセンスの良い方ではなかったと思います。

この「建築」の仕事に関わらなければ、今でもそうだったと思います。否、今も本質的にセンスは良くないかもしれません。
ただ、「美しさ」を見る目は普通の人よりは持っているつもりです。それは「デザイン力」のない自分を思い知らされてから、建築を創る上で、「美しさ」を自分の中の大きなテーマと考えてきたからです。「美しい」ものを創るには「美しい」ものがわからなければなりません。建築、絵画、彫刻、陶芸、骨董、お茶、お花、演劇、映像、音楽、全ての中に「美しさ」があります。それらの中のレベルの高いものに接する事で真の「美しさ」を見る目が養われる、そう思い、その中の「美しさ」を探してきました。そうやってきたからこそ、普通の人より多少は「美しさ」に対する「目利き」であろうと思っているのです。

ただ、「美しさ」は非常に主観的なものです。多くの人が美しいと思っても、同じものを醜いと思う多くの人が存在するのも事実です。「美しさの目利き」そんな好みの世界を極めても無意味だと考える人も多い事でしょう。それでも僕は「その究極に人間の手は届かぬとも、近づく事は出来る。」そんな「究極の美」は存在する。そう自分で設定する事にしたのです。それはちょうどその道(美)を極めようとする多くの人が近づく中心の一点、そんなイメージです。極めれば極めるほど様々な人はバラバラでなくある一点に近づいてくる、しかし、決して触る事の出来ない一点。それが「究極の美」です。それを信じ込んでいるのではなく、それがあると設定して自分のモチベーションにしたのです。そして、それに少しでも近づければと思っているのです。もちろん、それは自分の心の中だけにある「真の美しさ」に他ならないのですが...

窓の配列も、部材寸法も素材もプロポーションも、それを決めるテクニック(技術)が必要です。
そして、そのテクニックの裏づけに「真の美」を知る感性と心があれば「究極の美」に近づいていける、そう自分で信じる事にしたのです。

TO

一級建築士事務所 内川建築設計室 岐阜・愛知・三重を中心に夫婦で建築設計事務所を営んでいます。